2013年1月1日新年礼拝メッセージ~「そのとおりにすると」~ルカの福音書5章1節~8節

2013年1月1日、峰町キリスト教会安食弘幸牧師による新年礼拝メッセージの要約です。

【参照する聖書の箇所】
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新約聖書ルカの福音書5章1節~8節
1:群衆がイエスに押し迫るようにして神のことばを聞いたとき、イエスはゲネザレ湖の岸べに
  立っておられたが、
2:岸べ」に小舟が二そうあるのをご覧になった。漁師たちは、その舟から降りて網を洗っていた。
3:イエスは、そのうちの一つの、シモンの持ち舟に乗り、陸から少し漕ぎ出すように頼まれた。
  そしてイエスはすわって、舟から群衆に教えられた。
4:話が終わると、シモンに、「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」と言われた。
5:するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれません
  でした。でも、おことばどおり、網をおろしてみましょう。」
6:そして、そのとおりにすると、たくさんの魚が入り、網は破れそうになった。
7:そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。
  彼らがやって来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈みそうに
  なった。
8:これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ。私のような者から
  離れてください。私は、罪深い人間ですから」と言った。

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【礼拝メッセージ要約】
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今年最初のメッセージですが、タイトルは、「そのとおりにすると」というテーマです。
去年もそうでしたが、私たちの周りには、良いニュースと悪いニュースがいつでも耳に
入ってきます。

「良いニュースと悪いニュース」という話です。

ある時息子が、お父さんのピカピカの新車を借りて、ドライブに行きました。
帰ってきて、父親に報告します。

息子:「お父さん、良いニュースと悪いニュースがあるんだけど。。。
    悪いニュースはね、車がぺっちゃんっこ。。。
    良いニュースはね、ちゃんとエアバッグが働いたよ。」(笑)

殺人の容疑で逮捕された容疑者に、取り調べ官が言います。

取り調べ官「良いニュースと悪いニュースがあるぞ。
    悪いニュースは、現場の血液とお前の血液検査の結果が一致した。。。
    良いニュースは、血液検査の結果、お前は極めて健康だ。」(笑)

私たちは、悪いニュースを聞くとガッカリします。
でも、良いニュースを聞くと、心が引き上げられていきますね。
もし、皆さんが、毎日、良いニュースを聞きたければ、聖書を開くことをオススメします。
聖書は、福音、グッドニュースが満ち溢れています。
神様が私たちに語ってくれるメッセージは、良いニュースです。
この地上最大のグッドニュースですから、是非、毎日、毎日、聖書を開いて、神様から
の良いニュースを聞いて頂きたいと思います。

今日、読んでいただいた箇所にも、一つの大きな問題に直面して、落ちこんでいる人が
出てきます。でも、彼が、イエス様が語られる言葉を通して、引き上げられて、その問題
を乗り越えていったという記録が書かれている箇所です。

この箇所から、私たちが困難に直面した時、試練に直面した時に、落ちこむような状況に
ぶつかった時に、どのうようにして、それを乗り越えて行くのかということを学ぶことが
できます。

先ず、この今日の箇所でスポットが当たっている人物は、シモン・ペテロです。彼は漁師
でした。彼は一日漁をして、それで家族を養うという、まあ、その日暮らしの生活をして
います。ガリラヤ湖というのは、非常に水が澄んでいますので、昼間は、一般的に漁はし
ません。網を打つとその影が映ってしまって、魚がみんな逃げてしまうからです。

ですから、漁師たちは夕方漁に出て、一晩中漁をするわけですね。ペテロもそうしました。
しかし、何故かその夜は、1匹の魚も捕れなかったんです。そんなことは、彼の漁師人生
でも初めてのことかもしれません。夜が明けましたが、1匹も獲れませんでした。しかし、
網は破れてしまったので、また漁に出かける時のために網を繕わなければなりません。
もし、一杯獲れたなら、網を繕うのもそんなにつらい仕事ではないかもしれません。

でも、1匹も獲れなかった。それなのに、網を繕うという作業は、本当に虚しい作業です。
ペテロは、肉体も精神的にもクタクタになっていたと思います。家出は、彼の帰りを待って
いる家族がいます。彼は、途方に暮れていたと思います。ちょうど、その時です。大勢の
人々が、自分の方にやってくる足音が聞こえたので、目を上げます。すると、イエス様が、
多くの群衆に迫られる様にして、水辺の方に歩いてくるのを見たんですね。

そして、イエス様は、ペテロの所までやってくると、

「あなたの舟に乗せて欲しい。そして、少し漕ぎ出して欲しい。」

とおっしゃいました。イエス様は、群衆と距離を取るために、舟に乗って、少し舟を
漕ぎ出して、岸辺にいる人に向かって話しを始めたわけです。3節を見ると、

3節「そしてイエスはすわって、舟から群衆に教えられた。」

ペテロは何もすることが無いので、ボーとして、イエス様の言葉に耳を傾けているし
かなかったはずです。しかし、イエス様が群衆に語られている言葉を聴いている内に
彼の心の中に不思議な変化が訪れてきました。一匹の魚も獲れなかったことも、家族
が待っていることも忘れて、イエス様に話に引き込まれていったんです。

ですから、話が終わると、

4節「シモンに、「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」と言われた。」

これは、漁師の経験からするととんでもない話です。しかし、ペテロの心はイエス様
の言葉で満ち溢れていますので、すぐにその言葉に従います。

5節「するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一
   つとれませんでした。でも、おことばどおり、網をおろしてみましょう。」

6節「そして、そのとおりにすると、たくさんの魚が入り、網は破れそうになった。」

7節「そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。
  彼らがやって来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈み
  そうになった。」


この出来事を通じて、ペテロの人生が大きく変えられます。シモンの反応です。

8節「これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ。私の
  ような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから」と言った。」


このペテロの出来事から、私たちは、非常に大切な事を学ぶことができます。

1.環境的な嵐から心を守る
先ず、一つ目は、私たちの周り、環境、状況が、どんなに否定的な、どんなに悲惨な
出来事が遭ったとしても、その環境の嵐、不況の嵐というものが、私たちの心の中に
入らなければ、私たちは乗り越えて行くことができるということです。

箴言18章14節
「人の心は病苦をも忍ぶ。しかし、ひしがれた心にだれが耐えるだろうか。」


病気や苦しみがあっても、心に力があれば乗り越えられる。でも心が力を失ってしま
ったら、何も出来ない。ということですね。

社会や環境に、どんなに不況の嵐が吹いたとしても、私たちの心が魂が元気ならば、
乗り越えていくことができるということです。

箴言15章13節
「心に喜びがあれば顔色を良くする。心に憂いがあれば気はふさぐ。」


まさに、私たちの心の状態こそ、人生のカギであるということです。

ペテロの生涯を少し見てみたいのですが、イエス・キリストが最後の晩餐の席で、
弟子達に対して、こうおっしゃいました。

「あなた方はもうまもなく、私を裏切って逃げていくだろう。
 私が十字架に付けられるときに、お前たちは、私を見捨てて逃げて行くだろう。」


すると、ペテロはこう言いました。

「他の者は、そんなことがあったとしても、私は絶対にそんなことはしません。
 私は、あなたと共に死ぬ事さえ、恐れていません。」


その時、ペテロは本気でそう思ったと思います。イエス様のためなら死ねる。
彼は、勇気100倍だったと思います。しかし、その数時間後、イエス様がローマ兵
に逮捕されると、途端にペテロの心に恐れが入ってきたんです。彼は、恐れながら、
イエス様の跡を、身を隠す様について行った。

イエス様は、大祭司の官邸につれて行かれます。そこで裁判を受けるためです。
官邸の外庭の所に人々が集まって、炭火にあたっています。その時に一人の女性が

「あなたもあのイエスと一緒にいたでしょう。」

別な人がまた言います。

「確かにお前はいた。お前の顔を知っているぞ。」

また別の人も言います。

「お前は、あいつの仲間だ。その言葉でわかる。なまっているから。ガリラヤ弁だから。」

すると、ペテロは、3回とも、彼らの言葉を打ち消したんです。

「私は関係ない。お前が何を言っているのかわからない。俺は全然関係ないよ。」

何故、ペテロは、数時間前には、イエス様と一緒に死ぬことだって大丈夫ですと言った
のに、こんなに簡単にイエスを裏切ってしまったんでしょうか。

それは、彼の心が、恐れでいっぱいになってしまったからです。

恐れが入ると、人の心は、簡単に倒れてしまいます。
だから、私たちは、どんな不況の中にあっても、私たちの心を守る必要があります。

2.神の御言葉で心を養う

神様の御言葉で心を養う必要があるということです。
ペテロは、一匹の魚が獲れないという不況の真ん中にあったんです。
家では、姑が熱病で寝ています。空腹を抱えた家族も待っています。
ペテロの心は、完全に打ちひしがれていました。

しかし、イエス様が語られるこの言葉を聴いている内に、彼の言葉が燃え始めたんです。
イエス様の言葉によって。

詩篇107篇20節
「主はみことばを送って彼らをいやし、その滅びの穴から彼らを助け出された。」


神様の御言葉は、私たちを癒す力があるということです。
 
◆アメリカの大不況時のラジオ番組『道端の談話』

今も、世界は、あのアメリカ発のリーマン・ショック以来ですね、不況の中にあえいで
いますけれども、もっと大きな不況というものを世界が経験したことがあります。
1930年くらいですね。アメリカから始まった大不況が世界を覆ったんです。
多くの企業が潰れました。銀行が破たんしました。街中に多くの失業者が溢れたんです。

1200万人も失業者がいたんです。アメリカだけでも。大不況です。
この大不況は、どの様にして始まったかといいますと、アメリカの経済は、少しづつ
悪くなっていましたが、突然、それが、始まったわけではありません。
少しづつ、景気が悪くなっていく、その時に、噂が流れたんです。

「もうすぐ、あの銀行も、あの銀行も、あの銀行も潰れる。
 潰れたら、預金者は、1ドルも、1セントも引き出すことはできない。」


とこういう噂が流れたんです。それで、銀行に預金をしていた人が、みんな自分の貯金
を引き出していったんです。銀行には、お金が無くなります。すると、企業はお金を
借りることが出来なくなります。工場は、閉鎖され、企業は潰れ、街中に失業者が溢れ
たんです。

この状況を打開するために、当時のアメリカの大統領、ルーズベルト大統領は、一つ
の政策を採りました。皆さんが良くご存じのニューディール政策とういう物です。
一種の社会主義的な公共事業をいっぱいするということですね。道や橋を作っていく。
こうやって雇用を生み出していったんです。その結果、アメリカは、経済を立て直す事
ができたわけです。

しかし、ルーズベルト大統領が採ったもう一つの政策、ある人々は、こちらこそ、本当
に重要な政策だと言います。何を大統領はしたかと言いますと、当時、アメリカの著名
な牧師たちをホワイトハウスに招いたんです。そして、その牧師たちにこうお願いした
んですね。

「ラジオのチャンネルを1つ、皆さんにお任せしますから、どうかそのチャンネルで、
1日、24時間、ずーっと人々に聖書のメッセージを語ってあげて下さい。それを聞い
た人々が、本当に勇気や信仰や希望を持つことができる様なメッセージを語り続けて
欲しい。」


そして、そのチャンネルから、毎日、神のメッセージが語られれていったんです。
希望に満ちた、結城に満ちた、励ましに満ちた、そうやって人々の心が徐々に立て直さ
れていったんです。神の言葉が、その不況を立て直したと言ってもいいかもしれません。
私たちの心を癒すのは、神の言葉だけです。こうやって人々は、また銀行に預金する様
になり、工場がまた回る様になり、人々は、働き場所に戻っていったんです。

神様の言葉が、私たちの心を癒すことができる。励ますことができるということです。

3.信仰を心から解放する

そして、神様の言葉を聞いたなら、次のステップが必要です。信仰を心から解放すると
言うことです。神様の言葉を聴くだけではダメ、それを信頼して、一歩踏み出さすとい
うこと、それが信仰の行為ですね。

ペテロがしたことを見てみましょう。

5節「するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つ
  とれませんでした。でも、おことばどおり、網をおろしてみましょう。」


ペテロは、信仰の一歩を踏み出してみたんです。ペテロは、真昼に船を湖の真ん中まで
漕ぎ出します。それは、ペテロの漁師としての経験と常識には反する行為です。
しばしば、私たちの信仰生活にも起こりますね。自分の経験、自分の常識と、神様の
御言葉が反する時です。

たぶん、それを岸辺で見ていた他の漁師たちは、笑っていたかもしれない。

「ペテロ、おかしくなったんじゃない?今、漕ぎ出して網を打ちはじめたよ。」

みんながあざ笑ったと思います。でも、ペテロは、恐れず、心にある信仰の確信に
従って、行為を始めます。

6節「そして、そのとおりにすると、」

深みに漕ぎ出して、網を降ろせと言われたイエス様の言葉通りにすると、

「たくさんの魚が入り、網は破れそうになった。」

と書いてあります。ペテロの常識の世界に神の超自然的な恵みが入り込んだ瞬間です。
私たちの生活の中に、神の奇蹟の御手をお迎えする方法は一つしかないんです。
それは信仰という行為です。神様の御言葉に従って、何かをするという時です。
信仰によって歩む時に、初めて私たちは、超自然的な、神の恵みと奇蹟の世界に入る
事が出来るのです。

◆アレキサンダー・H・ケラーの物語(昔のアメリカの実業家)

昔、アメリカに一人の青年実業家がいました。彼は、フィラデルフィアの出身ですが、
サンフランシスコで一つの会社を始めました。ガラス容器の製造をする会社です。
彼は、若い実業家でした。銀行から多額の借金をしました。自宅も抵当に入れました。
もし、この事業に失敗したら、彼は、一文無し、それどころか、多額の借金を背負う
ことになります。ですから、彼は、この事業で失敗するわけにいかなかったんです。

排水の陣で事業に臨んだんです。彼は、クリスチャンだったので、ある時、祈って
いる時に、神様から言葉があった。

「私は、お前にヤコブの祝福を与える。」

ヤコブというのは、創世記に出てくる人物で、アブラハム、イサク、ヤコブです。
アブラハム孫、イサクの息子です。

「私はあのヤコブの祝福をあなたにあげる。」

彼は、ヤコブの祝福ってなんだろう。聖書を開いて調べます。創世記28章にヤコブの
出来事が書かれています。15節にこう書いてあったんですね。

創世記28章15節
「見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行ってもあなたを守り
あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、
決してあなたを捨てない。」


これが、ヤコブの祝福なんです。すばらしい約束ですね。

これから、未知なるビジネスの社会に出ていく彼には、まさに力強い言葉ですね。
そして、彼は、この神様に対するヤコブの応答、その祝福をもらった時に、ヤコブ
は神様にどう応答したのかということを、見たんです。

創世記28章22節
「石の柱として立てたこの石は神の家となり、すべてあなたが私に賜る物の十分の一
を必ずささげます。」


彼は、それから、忠実の収入の十分の一を神様に捧げ始めたんです。彼の事業は、
どんどん成長していった。旧約聖書のマラキ書にも、同じ祝福の約束がありますね。

マラキ書3章10節
「十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの食糧とせよ。こうしてわたし
をためしてみよ。-万軍の主は仰せられる-
わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに
注ぐかどうかをためしてみよ。」


神様はお金が欲しいわけでは無い。私たちを祝福したいんです。その十分の一は、神の
祝福が下ってくる管なんです。私への管を開けてごらん。そこから、あふれるばかりの
祝福を注ぐ。ここでもそうですね。彼は、忠実に捧げ、その結果、彼の会社は、順調に
業績を伸ばして行きました。

ところが大きな事件が起こったんですね。それは、彼の会社があるサンフランシスコに
大地震が発生したんです。マグニチュード7.8という大地震です。街が壊滅的な打撃
を受けてしまいます。しかも、彼のガラス工場は、その被災地の中心にありました。
もう、あちこちで火の手が上がって、とても近づくことができません。しばらくすると、
彼の元に一通の電報が届きます。1906年の事ですが、電報には、こう書いてありま
した。

「工場の周辺で大火災が発生し、近づくことができない。絶望的と思われる。」

彼にとっては、信仰の試練の時ですね。全財産をつぎ込んだ会社が、地震発生のちょうど
中心地にある。しかも、ガラス工場、でも、彼の信仰は揺らぐことはありませんでした。

「たとえ、どんな結果になっても、神様は全てを益に変えて下さる。」

という彼の信仰でした。だから、慌てることは、無かったんです。それから1週間後に、
また電報が入りました。その内容はこうでした。

「工場の周囲2キロ以内にあるの建物は、全て炎上、しかしガラス工場は奇跡的に助かる。」

というものでした。この工場は当時、木造二階建てで、ガラスを溶かすタンクがあって、
常時2500度に保たれている。そして燃料は重油です。もしその地域で一番燃えやすい
建物があるとすれば、まさに、彼の工場だったんです。しかし、彼の工場は残ったんです。
彼は、これは神の祝福だと確信しました。

ですから、震災後、彼の会社はいち早くスタートすることができた。これで多くの人々の
必要を満たすことができたんです。これによって、彼の会社は飛躍的に成長していきます。
これの事をきっかけに、彼は、神様の祝福の証しを書いたパンフレットを製品に添えて、
お客様に渡す様にしたんです。

そうやって、福音を、彼はアメリカ中に広めていったのです。

彼は経済的に祝福されると、十分の九を捧げる様になりました。そして、彼が天に召された
時に、莫大な資産が残されたんです。そして、彼の遺言によって、ケリー基金財団という
ものが設立されたんです。そして、その基金を元に多くの宣教師たちをサポートし、多く
の教会の働きを助けています。彼はもうこの世にはいませんが、彼の残した資産は、ある
意味で彼自身が、今も、この世界で福音宣教のために働いている。この働きはキリストの
再臨まで続くんです。素晴らしいと思いませんか。その人が天国に帰ったのに、彼が残した
資産が、今日も福音宣教のために用いられているんです。偉大な働きですね。

ペテロもここで、「でも、お言葉通り。」といって網を下ろした。
その結果、網が破れるほどの大漁という結果を残すことができたのです。
しかし、ペテロは単に経済的な祝福に与っただけではなく、もっとすばらしい祝福に
与りました。それは、何かというと、

8節「これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ。私の
  ような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから」と言った。」


何故、突然沢山の魚をみて、なぜペテロは自分が罪深いと思ったのでしょうか。
魚には、不思議な力があるのか?もし、魚が人を救うことが出来れば、魚屋さんは、
みんなクリスチャンになりますね。伝道集会も難しくない。魚を並べておけばいい。
魚自体に意味があるのでは無くて、彼はここで、神の恵みの世界を見たんです。
神の奇跡の世界を目のあたりにしたんです。神の偉大さが突然わかったんです。

この偉大な神に比べて、自分はなんと汚れている。なんとちっぽけな存在なんだ。
この偉大な神様なしに、私の人生はあり得ない。どうかこれからも私と共にいて
下さい。聖なる恐れを彼は持ったのです。神の前に謙遜になれたんです。
これこそが最大の祝福です。これこそが私たちが求める祝福なのです。


この1年も、私たちの財政を祝福し、健康を祝福してくれることを祈ることは素晴
らしいことですが、もっと素晴らしい祝福は、神様と私たちとの関係がさらに豊か
になるということです。私たちの心の中に神様の存在がもっと圧倒的に支配できる
様な、そういう者にされることです。

私たち自身が、祝福された者になるということ。これ以上の祝福はありません。
今年も、その祝福に向かって、歩んで行きたいと思います。
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以上、要約でした。

2 Comments

おかざき  

ありがとうございました。
信仰と、牧師先生への戒めと読み取れる内容かと思います。
続きは記憶にないのですが、ペテロに「神の漁師になるのだ」ですね。

拝見しまして、謹んで糧としたいと思います。

2013/01/17 (Thu) 22:40 | EDIT | REPLY |   

長谷川枕山堂  

謙虚になって、神の言葉を聴き、信仰を持って、実行してみること が大切

おかざきさん、こん**は。

コメントありがとうございます。

>信仰と、牧師先生への戒めと読み取れる内容かと思います。
>続きは記憶にないのですが、ペテロに「神の漁師になるのだ」ですね。

そうですね、ペテロは、普通の漁師から、神のことばを伝える神の漁師に
なったと思います。それには、ペテロ同様、信仰を持って、実行してみること
が大切ということ、それには、謙虚になって、神の言葉を聴くことが必要と
いうことをパウロから、学ばせて頂きました。

>拝見しまして、謹んで糧としたいと思います。

1月1日の新年礼拝メッセージだけに、お互い、今年1年の糧にできるといい
ですね。

2013/01/18 (Fri) 15:04 | REPLY |   

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