2013年3月10日の礼拝メッセージ~「熟練した者となる」~人生を通して神を証し出来る者になる為に

2013年3月10日、峰町キリスト教会安食弘幸牧師による礼拝メッセージの要約です。

【参照する聖書の箇所】
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テモテへの手紙第二2章14節~19節
14:これらのことを人々に思い出させなさい。そして何の益にもならず、聞いている人々を滅ぼす
  ことになるような、ことばについての論争などしないように、神の御前できびしく命じなさい。
15:あなたは熟練した者、すなわち、真理のみことばをまっすぐに解き明かす、恥じることのない
  働き人として、自分を神にささげるよう、務め励みなさい。
16:俗悪なむだ話を避けなさい。人々はそれによってますます不敬虔に深入りし、
17:彼らの話は癌のように広がるのです。ヒメナオとピレトはその仲間です。
18:彼らは真理からはずれてしまい、復活がすでに起こったと言って、ある人々の信仰をくつがえ
  しているのです。
19:それにもかかわらず、神の不動の礎は堅く置かれていて、それに次の様な銘が刻まれています。
  「主はご自分に属する者を知っておられる。」また、「主の御名を呼ぶ者は、だれでも不義を
  離れよ。」

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【礼拝メッセージ要約】
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段々、春めいて来ましたね。
しかし、今週また寒い日が来ると言っていましたので、冬物を片付けるのは、まだ早いかもしれません。
今週の天気予報情報でした。(笑)

私たちの周りには、いろんな情報がたくさんありますから、私たちは、それを選ばなければなりま
せんね。正しい情報もあれば、間違っている情報もあるわけですから。

ある一人の少年が、街かどで新聞を売っていたんですね。で、彼は、行き交う人にこう言っていました。

少年「大変だよ~!大変だよ~!50人の人が、詐欺に遭ったよ~!」

こう言って新聞を売っているんですね。通りかかった一人の男の人が、

男の人「坊主、新聞を一部くれ。」

そう言って、その新聞を1部買って、その詐欺事件について、読もうとしたんですが、新聞のどこにも
詐欺事件は、載っていないんですね。で、その男の人が少年に向かって、

男の人「おい、坊主!詐欺事件なんて、どこにも載っていないじゃないか!」

こういうと、その少年が、また通りの人に向かって、こう言い始めたんです。

少年「大変だよ~!大変だよ~!51人の人が、詐欺に遭ったよ~!」(笑)

わかった人は、わからない人に教えてあげて下さいね。大丈夫ですか~?
今日は、ちょっとレベルが高かったかな~?(笑)


新聞に書いてあるから、あるいは、テレビでそう言っていたから、それが、必ずしも、正しいとは、
限りません。間違った情報もたくさんあります。時には、意図的に間違った情報を流す人もいます。


「もしもし、奥さん、儲かりますよ~」

なんていう話ですよね。あの、本当に儲かる話は、人に教えませんから。
ですから、私たちは、正しいニュースと間違っているニュースを識別する。そういう知恵とか、
耳を持つ必要がありますね。

イエス・キリストに関する情報を福音と言います。良い知らせ=Good Newsという意味
ですね。ですから、皆さんが、イエス・キリストに関する情報を信じて受け取れば、必ず幸せに
なれます。


ところが、世の中には、気を付けないと、表紙はグッドニュースと書いてありますが、中身は、
そうでは無いというケースがあるわけですね。
ですから、見分ける人、熟練した者になることが
必要だと、パウロは、言っています。


この熟練した者という言葉の意味は、神様のテストを受けて、パスした者という意味があります
けれども(「熟練した者」…神の試験を受けて、神から良しと認められた者)、では、どのような
人が熟練した人なのか?どうすれば、私たちは、熟練した者になれるのか?

その事を今日の箇所から、学びたいと思います。パウロは、2つのポイントを私たちに教えて
います。

1.真理のみことばをまっすぐ解き明かす

先ず1番目に熟練した者とは、

「真理のみことばをまっすぐ解き明かす人」、「真理のみことばをまっすぐ受け取る人」

と言ってもいいでしょうね。

このまっすぐに解き明かすという言葉は、例えば、農夫の人が、水を畑に真っ直ぐに刻んで行く。
そういう時に使う言葉。あるいは、洋服屋さんが、生地を型に従って、型どおりに切り抜いていく。
そういう作業のことを、真っ直ぐにという言葉を使うわけですね。

ですから、これは、イエス・キリストの言葉を「そのまま」、割り引いたり、付け足したりしない
で、そのまま、聖書が語っているそのままを伝える人。これが、熟練した人ということが言えますね。


それに対して、今日の箇所で、未熟な偽教師たちは、「俗悪なむだ話をする」そして16節

16節「人々はそれによってますます不敬虔に深入りし、」

と書いてあります。「深入りする」っていう言葉は、「進歩する」という言葉なんです。
面白いですね。つまり、

「俗悪なむだ話は、あなた方を進歩させますよ。ただし、不敬虔に向かって。」

という、このパウロの皮肉的な表現ですね。17節を見ると、

17節「彼らの話は癌のように広がるのです。」

広がるというのは、医学用語を使っているんです。「転移する」という意味です。

よく、「癌が転移してますね。」という表現を使いますが、まさに

「俗悪なむだ話というのは、悪い影響を次から次へと広げる、転移させていくんだ。
だから、気をつけろ。」


という訳です。で、パウロの時代の俗悪なむだ話をしている名人の名前が載っています。

17節「ヒメナオとピレト」という人ですね。
18節「彼らは、真理から外れてしまい、」


と書いてあります。一体、彼らは、どんな間違った教えを教会の中に広げてしまったいたかと
いいますと、

18節「復活がすでに起こった」

と言う風に伝えていた。どういうことかと言うと、イエス・キリストの復活ではないんです。
イエス・キリストの復活は、もう起こっている訳ですけれども、これは、イエス・キリスト
を信じる人々の肉体の復活について、彼らは、間違った教えをしていたんですね。

彼らは、どういう間違った教えをしていたかと言うと、

「クリスチャンの復活は、もう、起こっているんだ。」

「いつ、起こったの?」と聞くと、

「それは、洗礼を受けた時」って言います。

今日も洗礼式があります。水の中に入って頂いて、「ザブーん」と全身浸かるんですね。
そして、起き上がるんです。これは、何でを意味しているかと言うと、

「神様を知らないで、自分中心に自分勝手に生きて来た自分は、今から死にます。」
(ザブーん)


あれ、「ザブーん」と入るのは、死を意味しています。幸いにも今日は、直ぐ「パッ」と
上げる予定なんですが(笑)、
ずーっと浸けといたら、死にますもんね。。。

だから、あれは、死を象徴している。古い私は死にました。
そして、私は復活して、イエス様と共に、新しい人生を歩みます。

まあ、そういう意味、これが洗礼の意味なんですね。パウロは、そう教えています。

だから、このヒメナオとピレトは、

「それが、クリスチャンの復活なんだ。だから、もう復活は起こっているんだ。」

とまあ、こういう風に言ったわけですよね。あるいは、もう一つの考え方は、

「人は、死にます。死んでも、子孫を残すと、子孫の中に命を繋ぐことが出来るので、
そこで、自分は復活できるんだ。」


遺伝子的復活といいますかね。そういう風に復活というものは、起こるんだと説明しました。

でも、これは、間違った教えだったんですね。

聖書は、このクリスチャンの復活をどう教えているかと言うと、パウロ自身も第一テサロニケ
の手紙の中で、このクリスチャンの肉体の復活について、言っています。

テサロニケ人への手紙第一4章13節
「眠った人々のことについては、兄弟たち。あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。」


眠った人々というのは、これは、神様を信じて死んだ人々のことです。
パウロは、クリスチャンが亡くなると、眠ったという表現を使いました。眠った人々。
何で眠ったという表現を使ったかと言うと、次、起きる予定があるからです。
起きる予定がある時は、眠るという表現を使います。

ですから、「私は、毎晩、何時に寝て」って言いますでしょう?
「私は、毎晩、何時に死んで」って言います?言わないね。
寝て、朝、起きる予定があるからです。ですから、パウロは、

「クリスチャンが死んでも、それは、眠っているだけだ。やがて、起き上がる時がやって来る。
それが、復活の時。」


なんですね。

テサロニケ人への手紙第一4章13節~19節
「あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。」
「あなたがたが他の望みのない人々のように悲しみに沈むことのないためです。」
「私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば神はまたそのように、
イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。」
「私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている
私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。」
「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って
来られます。」


これは、キリストの再臨のことですね。

「それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、」
「次に生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、
空中で主と会うのです。このようにして、私たちはいつまでも主とともにいることになります。」
「こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。」


こうパウロは、復活について、教えています。
イエス・キリストの再臨の時に、キリスト者の体が蘇る、墓から蘇って、新しい体を持って
蘇るんだ。ということです。だから、この復活は、「まだ」なんです。

でも、彼ら、ヒメナオとピレトは、「もうそれが起こった」と間違った教えを広めることによって、

18節「復活がすでに起こったと言って、ある人々の信仰をくつがえしている」

と書いてありますね。「くつがえす」というのは、「ひっくり返す」という意味です。
この言葉が、聖書の他の箇所で使われているんですけれども、どういう所で使われているかと
言うと、イエス様が神殿、宮に入られますと、そこで、悪どい商売をしている人がいた訳ですね。
で、イエス様は、

「何で、お前たちは、神殿をけがすのだ。これは、神の家じゃないか?祈りの家じゃないか?」

と言って、彼らが物を売っていた台を全部ひっくり返すという出来事があったんですね。
ひっくり返すというのが、くつがえすという意味です。
よく、あの気の短いお父さんがね、

「こんな飯食えるか!」

て言って、ちゃぶ台をひっくり返すというのがありますよね。あれです。
(by巨人の星)星飛雄馬ですねえ。

えー、まさに間違った教えが、正しい信仰を持っていた人の信仰をひっくり返してしまって
いる。こういう警告ですね。このことはね、現代の教会にも同じ様に起こっています。

健全な信仰を持っている人の信仰を、間違った教えで、その信仰をダメにしてしまう。
そういう偽預言者たちがたくさんいるわけですよね。


◆ハロルド・キャンピング牧師の「キリストの再臨」に関する偽預言

例えば、アメリカ人のハロルド・キャンピングという自称牧師がいるんですが、彼は以前、
こんな予言をしました。

「2011年5月21日に携挙が起こる。」
(つまり、クリスチャン達が、一気に引き上げられる出来事が起こる)

「そして、その5か月後に世界が終わる。」


と言ったんですね。で、彼はこう主張しました。

「私は、長い間、聖書を研究してきた。そして聖書の正確な年代計算に基づいたもので、
この予言は必ず実現する。そう言って、5月21日には、2億5千万人のクリスチャンが、
突然姿を消す。」


とこう発表したんです。そして彼は、

「その時、世界各地で大きな地震が起こり、犠牲者は数億人に達し、更に生き残った人々も
5か月間、神の裁きにあって苦しめられる。そして10月21日に世界は滅びる。」


と、宣言したんです。彼は、このメッセージを人々に伝えるために莫大なお金を費やしたんで
すね。アメリカ中で、ヨーロッパ中で、南米で、中東でですね、ビラを配ったり、TVや新聞
の広告を使ったり、街角の看板を使ったりしてですね、そういうメッセージを広げていったん
ですね。で、それを信じた人々はですね、もう間もなく世の中が終わると思ったわけですね。
だから、仕事を辞めたり、学校を辞めたり、あるいは、意見の合わない家族を捨てて家出したり
沢山の人々が影響を受けました。

皆さんも覚えていらっしゃると思いますが、2011年3月11日に日本で大きな地震と
津波と原発事故が起こったでしょう。
彼はそのことを捉えて、こうも言ったんです。

「皆さん、日本で起こった事を聞いていますか?知っていますか?これは、これから始まる
大きな災害のほんの小さな始まりです。あの日本で起こったことが、世界中で起こる様になり
ます。」


こういう風に言ったんですね。だから、多くの人々が偽の予言にだまされて、生活をひっくり
返される様な出来事が起こった訳です。もちろん、結果は、皆さん、解かっていますね。

何も起こりませんでした。

次の日、彼は、姿を消しました。行方不明です。彼は、それで済んだかもしれませんが、彼の
偽りの預言によって、まさに人生が、生活がひっくり返されてしまった人たちは、その後始末
のために、本当に今、大変な所を通っている訳ですよね。

イエス・キリストは、再臨について、こうはっきりおっしゃいました。

マタイの福音書24章35節~36節
「この天地は滅び去ります。」


この天地は、いつか終わるんです。でも、

「ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも知りません。
ただ父だけが知っておられます。」


イエス・キリストが、はっきりと誰も知らない、天の父だけが知っているというのだから、誰かが

「私は知っている。」

という人がいたら、その時点で偽預言者です。偽りの教えです。それは、間違った教えです。
従って、真理のみことばを、まっすぐに解き明かす、熟練した人は、再臨についてこう言います。

「キリストの再臨は、必ず起こります。しかし、いつ起こるかは分かりません。
でも、いつ起きてもいい様に、私たちは、心の準備をしておくべきです。」


これが正しい教えです。これが真っ直ぐに説き明かすことです。聖書はそれ以上の事は、言って
いないからです。この様に間違った教えが入って来た時にそれを識別する能力、知識というもの
を身に付けておく必要があります。
私たちの教会では、信仰を持ったばかりの人に、基礎教理と
いうテキストがあります。これは、聖書の基本的な教えをポイントを押さえて学ぶものですね。
自分一人で学ぶことも出来ますし、誰かにマンツーマンで教えてもらうことも出来ます。
それが、終わりますと、今度は、UCLA(宇都宮クリスチャン聖書学校)という素晴らしい
学校があります。毎週金曜日の午前と夜に同じプログラムで、ずっとやっていますので、そういう
学びを通してですね、間違った教えを見分けることのできる熟練した者になる必要があるという
ことです。

2.自分を神に捧げる様に努め励む

次に、パウロが2つ目に熟練した者として挙げているポイントは、

「自分を神に捧げる様に努め励む人」

ということです。15節を見ると、

15節「あなたは熟練した者、すなわち、真理のみことばをまっすぐに解き明かす、恥じることの
   ない働き人として、自分を神にささげるよう、務め励みなさい。」


と勧めています。同じくパウロは、ローマ人への手紙の12章1節でもこう言っています。

ローマ人への手紙12章1節
「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみゆえに、あなたがたにお願いします。
あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い生きた供え物としてささげなさい。それこそ
あなたがたの霊的な礼拝です。」


つまり、私たちが神様に捧げる礼拝というものは、この日曜日の1時間の礼拝だけではないという
ことです。私たちの生活そのものが、神様への礼拝なんだとこう言います。私たちの生き方そのもの
いや、もっと言えば、人生そのものが、神様への捧げものである。神様に喜ばれる様な生き方を
していくべきだということですね。

パウロは、この偽預言者たちが真理から外れた偽りの教えによって、ある人々の信仰をひっくり
返してしまっている。けれども、神様は、19節

19節「それにもかかわらず、神の不動の礎は堅く置かれています。」

確かに偽預言者が、人々の信仰をくつがえすかもしれない。でも、不動の礎は、ちゃんとそこに
いつもある。これは、教会のことです。つまり、間違った教えに惑わされないで、しっかりと、
真理に立ち続ける人を神様は必ず、置いて下さっているんだ。こういう希望の言葉、励ましの言葉
ですね。

それは、まさに、皆さんのことです。

ですから、私たちは、主に属する者であり、不義を離れる人であるべきです。
そして、この熟練した人は、その生き方を通して、神様が今日も生きて働いておられる真実で、
愛で、聖さに満ちたお方である事を証ししていくべきであるということですね。

◆中国 家の教会の一人のクリスチャンの証し

皆さんから捧げてもらっている献金の一部を、中国の貧しいクリスチャン達のために捧げている
わけですけれども、そのお礼の手紙が定期的に届きます。一番最近届いた手紙の中にある中国の
クリスチャンの家の教会のクリスチャンの体験談が載っていましたので、皆さんにも紹介したい
と思います。ちょっと長いんですけれども、読みますね。

「1974年に、私は、中国の安徽省の貧しい農村家庭に生まれました。我が家では、白米の御
飯を食べられる日は、念に一度、お正月だけです。そんな生活でしたから、病気になっても医者
に掛かることもできず、私は3歳で、両眼を共に失明してしまいました。

12歳の時、同じ村のクリスチャンと一緒に集会にいきました。その時、聖書の創世記の御言葉
が語られ、感謝な事にすぐに神様を信じる事ができました。確かに私はまだ子供でしたし、信仰
的知識も多くはありませんでしたが、はっきりと真の神がおられることを知ったのです。

それだけでなく、困った時には、すぐに主に心を向けて祈ることができる。そんな生活が始まり
ました。でも、家族は、神様を信じませんでした。その上、貧しすぎて、いつまでも私の面倒を
見ることも出来ないから、父は、私がお金を稼げるように、占い師になる勉強をしろと命じました。

他の事では父の言うことを聞きましたが、神様は、占いを禁止しておられるので、クリスチャン
が占い師などになれないと知っていたので、

「絶対に行きません。神様がお嫌いになる事だからです。」

と、親の命令を拒みました。この時から、私に対する家族の迫害が始まりました。父は、酒に酔
っては癇癪を起こし、口汚く怒鳴りつけ、暴力を振るいました。

「占いでも覚えなければ、お前はどうやって食っていくんだ!この家じゃあ、目が見えないお前
を一生養っていくことなんてできやしない!神様、神様と口にするが、お前の信じる神が食べ物を
くれるというのか!言う通りにしないなら勝手にしろ!神なんか信じていたら、乞食になるだけだ!」


私は、家族の厄介者とされ、迫害はひどくなるばかりでした。遂に私は、家を出ました。
そんな私の心の中に、1つの声がありました。

たとえ、乞食になっても神を信じる。

皆さん、想像してみてください。全盲の人間が、たった一人で見知らぬ土地に行き、乞食になって
生きる時、その流浪の生活がどんなに厳しいものであるかを。

例えば、当時、私たちの地域で、汽車の切符を買うお金の無い人たちは、車両によじ登り、しがみ
ついて移動したのですが、私は目が見えないので、滑り落ちてしまい、意識不明になって死にかけ
てしまった事もありました。乞食をしてやっとの思いで貯めることの出来たお金を、チンピラ達に
そっくり盗まれてしまったり、何日も食べ物が無く、飢えたままで我慢したり、下水に落ちてしま
って、体中びしょ濡れになって、悪臭と冷たさに耐えなければならなかったことも一度や二度では
ありません。

眠る場所も無いので、閉店後の店先に身を横たえていると、朝早く怒鳴られ追い払われたり。
これが私の日常生活でした。もしイエス様を信じていなかったら、私は、自殺したと思います。

ところが、1998年に神様は、大きな愛を、私に示して下さいました。それは、福建省である
伝道者のご夫妻に出会ったことから始まりました。全盲で乞食の私に、彼らは、自分の子供以上に
良くしてくれました。マッサージ師になるための学びに行かせてくれました。至れり尽くせりの
お世話をしてくれ、主の愛を私に注いで下さったので、私は、「感謝を表すすべも無い。」と言い
ましたが、先生方は、

「私たちが、君を助けたのではありません。神様が心を動かしてくださったからこそ、手助けを
させてもらっているだけです。だから、主に感謝しましょう。」


と仰るのです。先生方の家に受け入れられ、マッサージ師としての学びを卒業するまでに、さらに
聖書を知り、堅く信仰を建てあげる貴重なひと時でした。こうして一人前のマッサージ師になれた
私は、自立できる様になっただけではなく、人間としての尊厳性も回復することができました。
それから、家族の関係も回復していきました。何と主に感謝したらよいでしょう。既に十数人もの
親戚や村人を呼んで、マッサージ師になれる様に学んでもらう事ができました。この様にして、
村の人たちが、貧しさから抜け出せるように手助けさせて貰えたのです。

そして、聖霊の導きの中で、2004年には、自分の店を持つことが出来、今では店舗も2ヶ所
になりました。お蔭で20名以上の雇用が生まれ、実際的な人助けをする事が出来る様になった
のです。職場はもちろん、主を証しするための最も良い場所になっています。自分の体験を通して、
確信を持って、皆さんにお証しすることが出来ます。それは、どんな困難や弱さの中に置かれても、
神様を信じて、聖霊の導きを信じて従うならば、必ず道は開ける、勝利することができるという
ことです。主は真実なお方です。栄光がこの主にありますように。


という手紙です。
この様に熟練した人とは、誰も反論することのできない、主の真実というものをしっかりと握って
いる人です。その人の人生そのものが、確かに神様は生きて働いておられる事を証しすることが
出来るのです。
私たちも熟練した者となって言われたいですね。

「私は、聖書の難しい話は分かりませんが、あなたを見ていると確かに神様が生きて働いている
ことが良くわかります。」


そんな風に、生活を通して、神様を証し出来る者にさせていただきましょう。
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以上、要約でした。

参考記事:
2012年2月26日の礼拝メッセージ~「キリストの再臨と前兆」~聖書を人生のガイドブックに

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