2013年5月5日の礼拝メッセージ~「私と共に立つ主」~どんな状況の中にあっても共にいてくださる神

2013年5月5日、峰町キリスト教会安食弘幸牧師による礼拝メッセージの要約です。

【参照する聖書の箇所】
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テモテへの手紙第二4章9節~22節
9:あなたは、何とかして、早く私のところに来てください。
10:デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、また、クレスケンスは
  ガラテヤに、テトスはダルマテヤに行ったからです。
11:ルカだけは私とともにおります。マルコを伴って、いっしょに来てください。
  彼は、私の務めのために役に立つからです。
12:私はテキコをエペソに遣わしました。
13:あなたが来るときは、トロアスでカルポのところに残しておいた上着を持って来て下さい。
  また、書物を、特に羊皮紙の物を持って来てください。
14:銅細工人のアレキサンデルが私をひどく苦しめました。そのしわざに応じて主が彼に報い
  られます。
15:あなたも彼を警戒しなさい。彼は私たちのことばに激しく逆らったからです。
16:私の最初の弁明の際には、私を支持する者はだれもなく、みな私を見捨ててしまいました。
  どうか、彼らがそのためにさばかれることのありませんように。
17:しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。それは、私を通して、
  みことばがが余すところなく宣べ伝えられ、すべての国の人々がみことばを聞くように
  なるためでした。私は獅子の口から助け出されました。
18:主は私を、すべての悪のわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださいます。
19:プリスカとアクラによろしく。また、オネシポロの家族によろしく。
20:エラストはコリントにとどまり、トロピモは病気のためにミレトに残して来ました。
21:何とかして、冬になる前に来てください。ユブロ、プデス、リノス、クラウデヤ、また
  すべての兄弟たちが、あなたによろしくと言っています。
22:主があなたの霊とともにおられますように。恵みが、あなたがたとともにありますように。

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【礼拝メッセージ要約】
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第二テモテへの手紙も最初から開いてきましたが、最後の箇所になりました。
今日は、ここから、ご一緒に学んでみたいと思います。

ある方が、新しいマンションに引っ越しをさっれたんです。友達が、

友達「今度、遊びに行ってもいい?」

と聞きました。

ある方「もちろんいいわよ。あの駅の前に出来た新しいマンションだから、すぐわかるわよ。
    で、マンションに入ったら、入口の所に、ボタンが並んでいるから、私の部屋は、
    304号室だから、そのボタンを、3、0、4と肘で押してね。そうすると、ドア
    を開けてあげるから、入っていくとエレベーターがある。そうすると、3階だから
    ね、エレベーターのボタンをまた肘で、3を押してね。」


こう言ったんですね。

友達「何で、あなたのマンションは、肘で押すの?」

こう聞いたら、

ある方「だって、あんた。私んところに来るのに、手ぶらで来るつもり~?
    両手、塞がっているでしょう?」


ってことですよね。(笑)
あの、イエス様が、私に従ってくる者は、手ぶらでくるなとおっしゃいました。
知ってます?聖書に書いてあるんですよ。

マタイの福音書16章24節
「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そして
 わたしについて来なさい。」


ほら、手ぶらで来るなって書いてあるでしょう。
今日は、十字架にまつわる2つのエピソードを紹介しますが、

★十字架のエピソードその1★

一人の男の人が、沢山の仲間と一緒に自分の十字架を背負って、イエス様について従っていました。
ところが、人は軽々と担いでいるのに、どうも、自分の十字架だけが重たそうに感じるわけですよね。
そこで、イエス様に言ったそうです。

男の人「イエス様、ちょっと、この十字架、換えてもいいですか?もうちょっと軽いのに変えたいん
    ですけど、いいですか?」


と言うと、イエス様が、

イエス様「うん、いいよ。あそこに倉庫がいろんな十字架があるから、好きなの選んでらっしゃい。」

とおっしゃったそうです。
彼は、倉庫に行って、沢山の十字架を一本づつ、背負ってみたんですね。

男の人「これも、どうもしっくりしない。これもどうも違うな。」

やっと、

男の人「あ、ぴったりだ。これこそ、私のための十字架だ。」

と思ってですね、

男の人「ちょうどいいのが見つかりましたよ。今後、これを担いでいきたいと思います。」

イエス様「うーん、それね。お前が、今まで担いでいたやつだよ。」

とおっしゃったそうです。
主は、初めから一番、ふさわしいのを与えて下さっているということです。

★十字架のエピソードその2★

やっぱり、十字架を負って歩いていた男の人が、どうも自分の十字架が重すぎると思い、
縦の長い方を切って短くしてしまったんです。すると軽くなるでしょう。

男の人「うわ~、軽くなった~。」

と思って、しばらく歩いていたらですね、川の所にやって来ました。橋はありません。
見ると、みんな、担いでいた十字架を、橋代わりに、渡して、どんどん渡っていくんです。
でも、彼の十字架は、切っちゃったので、届かないわけ。とうとう、彼だけ約束の地に入れ
なかったというお話です。


皆さん、イエス様が与えて下さった十字架を、喜んで、背負って行きましょうね。

今日読んでいただいた箇所には、たくさんの名前が出てきました。
この人々を2種類の人に分けることが出来ます。

先ず、一つ目のグループは、イエス様から与えられた十字架を、最期まで、忠実に、喜んで、
背負ってイエス様に従い続けた人々です。

もう一つのグループは、途中でその十字架を切ってしまったり、まあ、切るだけだったらまだ
いい。その十字架を投げ出してしまって、イエス様に従うことを止めてしまった人々です。

表現を変えれば、パウロを勇気づけた人と、パウロをガッカリさせた、失望させた人々です。

1.パウロを勇気づけた人

1)テモテ

先ず、もちろん、テモテですね。この手紙を受け取ったテモテですね。
パウロは、テモテのことを、「愛する我が子」と呼びました。実際の子供ではありませんが、
本当の自分の子供の様に、パウロは、テモテを愛したわけですね。ですから、

「最後にどうしても、会いたい。」

今、テモテは、エペソという街にいます。そして、パウロは、ローマの牢獄の中で死を待って
います。実際、パウロがこの手紙を書いて、数か月後に、ローマ皇帝ネロの時に、殉教しています。
まあ、パウロも、

「もうここから出ることは無いだろう。最後にテモテにどうしても会っておきたい。」

と思ったのでしょう。

9節「あなたは、何とかして、早く私のところに来てください。」
21節「何とかして、冬になる前に来てください。」


と言っていますね。この時、パウロは、持って来て欲しい物のリストを挙げています。

13節「あなたが来るときは、トロアスでカルポのところに残しておいた上着を持って
  来て下さい。また、書物を、特に羊皮紙の物を持って来てください。」


パウロが、あのダマスコへの途上で、イエス様に出会ってから、この日まで、30数年
あると思いますが、パウロは、その伝道者生涯の1/4を牢獄で過ごしています。
当時の牢獄の生活が、どんな様子であったか。当時の文献を読むとですね、こんな風に
書いてあります。

「ローマ時代、投獄される時、罪人は、まず裸にされて、鞭打ちの刑を受けます。
それは、残忍で、苦痛の伴う経験でした。多くの血も流れました。囚人はそれでも傷の
手当を受けないまま、手枷、足枷に繋がれました。冬は、堪えられない程の寒さ、夏は
灼熱地獄の様な暑さ。水不足、狭苦しい部屋、トイレから立ちのぼる悪臭、これらの劣悪
な環境のために、夜も眠れず。囚人の多くは生き延びることよりも死を求めました。
事実、自殺者も多数出たんです。」


この様な環境に、パウロは、度々おかれたわけです。そういう中で、多くの教会へ
励ましの手紙を書いています。喜びの手紙を書いています。パウロは、環境に左右されない
心の世界を持っていたということですね。ここで、パウロが上着を持って来て欲しいと言い
ましたが、どんな物かと言いますと、大き目の毛布の真ん中に穴が開いているんです。
それを、頭からかぶって、首だけ出すという防寒具です。もうすぐ冬がやって来る。
だから、冬用のオーバーコートを持って来て欲しい。そういう意味の上着ですね。

それから、書物、特に、羊皮紙の物を持ってきて欲しい。
書物というのは、福音書が、もう既にまとめられていたと思いますので、イエス様の生涯や
イエス様の言葉が書かれている物を持ってきて欲しい。それから、羊皮紙の物というのは、
旧約聖書のことですね。

パウロは、獄中で、死を待つ身でしたけれども、最後まで、パウロが求めて止まなかった物は、

それは、神の言葉を通して、神からの励ましを受けたい。

というものだったと思いますね。テモテにもう一度、会っておきたい。

2)ルカ

そして、もう一人の人物は、ルカという人です。

11節「ルカだけは私とともにおります。」

ということは、ルカ以外は、誰もいないということですよね。
ルカというのは、ルカの福音書を書いた人、「使徒の働き」もルカの手によるものですね。
彼の職業は、お医者さん、ドクターです。どうして、この医者ルカと、パウロが出会う様
になったかと言いますと、パウロは、何か解かりませんが、持病を抱えていました。
何度も、何度も、パウロをその持病が苦しめたんですね。だから、パウロは、

「神様、この病気を治して下さい。」

と必死に祈ったんです。でも、パウロの病気は、治らなかったんです。
パウロは、多くの人々のために祈って、多くの人々が癒されたにも関わらず、自分のために
祈った時は、癒されなかったんです。それで、パウロは、仕方無く、お医者さんを呼んだ
んです。その時、呼ばれたのがルカだったんです。

不思議な出会いですね。もし、癒されていたら、ルカとの出会いは無かったわけですよね。
こういう所を見ますとですね、全てを益に変えて下さる神様の働きを知ることが出来ます。
そして、最後まで、人生の最後まで、ルカは、付き添ってくれた訳ですよね。

パウロが、エルサレムから、ローマに囚人として、送られて来たわけですけれども、その間、
ずーっとルカはですね、パウロのそばを離れなかったということですね。どうして、そういう
ことが出来たか?例えば、

「僕の友達が、今度、ローマに囚人として行きますので、友人ですから、是非、側にいさせて
下さい。」


そんな事は、当時の法律では許されなかったんですね。当時の法律では、その囚人が送られて
いく時に、囚人の身の周りの世話をする奴隷が一人、認められたんです。
ということは、ルカは、自分自身をパウロの奴隷として、登録したんです。
だから、パウロの側に、最後までいることができたんです。すばらしい、人物ですね。
ですから、医師のルカは肉体的にも、パウロを支えました。そして、精神的に、霊的にも、
信仰的にも、最後の最後まで、ルカは、パウロの友であったということですね。
東京に聖路加病院という病院がありますけれども、ルカからとった名前ですよね。
すばらしい信仰の人、ルカ。パウロを最期まで支えた人です。

3)マルコ

そして、3人目は、マルコという人です。
マルコと言っても、女性じゃないですよ。ちびまるこちゃんとは、ちょっと違いますからね。
マルコの福音書を書いた人です。11節を見ると、

11節「マルコを伴って、いっしょに来てください。彼は、私の務めのために役に立つからです。」

既に何回か、お話ししましたけれども、パウロは、その生涯に3回の大きな伝道旅行をして
います。その第一回目の時に、パウロは、バルナバという人と一緒にチームを組んで行くんです
けれども、その時、バルナバさんが、

「自分の親戚に若い、将来、有望な青年がいるので、一緒に連れて行きたい。」

と言うんです。それが、マルコなんです。だから、若い、若いそういう青年を一緒に連れて行く
んです。ところが、伝道の途中で、直ぐにね、

「もう、僕は、耐えられないから、お母ちゃんの所へ帰る!」

って言って帰ってしまったんです。その迫害があまりにも厳しい、困難があまりにも大きい。
そういうことで、挫折して、さっさと帰っちゃったんです。それは、パウロをものすごく、
ガッカリさせたんですね。

「何だ、あの若者、こんなことで、へこたれて、もう辞めちゃうのか!?」

パウロの中で、マルコに対する評価が、ぐーんと下がってしまった。
で、第一回の伝道旅行が終わって、帰ってきます。しばらくしてから、第二回目の伝道旅行
にパウロとバルナバは、出かけようとしますけれども、また、バルナバがですね、

「マルコを連れて行こう。」

って言うんです。でも、パウロは、

「もうダメ、あんな奴はダメ、役に立たないから。」

それで、仕方なく、パウロは、バルナバと別れて、バルナバは、マルコを連れて別の所へ
行くんです。パウロは、シラスと第二回目の伝道旅行に行きます。
もし、これで、物語が終わったら、パウロの中では、マルコは挫折した若者で終わってしまった
と思います。でも、バルナバとマルコの関係の中で、マルコも成長したんです。
主の恵みによって、マルコも成長していったんです。そして、パウロの評価も変わって来たん
です。最後の所ではですね、

「彼は、私の役に立つようになったんだから、是非、連れて来て欲しい。」

とパウロに言わしめるほど、大きく成長したんですね。この変化、成長を見るとね、私たちは
励まされますね。1回や2回、3回や4回、5回や6回、7回や8回の失敗があったとしても
ですね、主の恵みに立ち帰れば、また、成長することができる。また、主に用いられることが
できる。そういう励ましを与えてくれますね。
イエス様の恵みは、どんな人をも、造りかえることが出来ます。
 
2.パウロを失望させた人々

さて、逆にパウロをがっかりさせてしまった人もいます。

1)デマス

その代表的な人は、デマスという人です。
このパウロの手紙の中に、デマスという人は、3回出てきます。
パウロが書いた手紙の順番でいきとですね、最初は、ピレモンへの手紙の中で出てきますが、
その中で、パウロは、「私の同労者、デマス」という言葉を使っています。
私と一緒に労してくれる仲間、一緒に苦労を分かち合ってくれる仲間、デマス。

まあ、これは、最大級の評価ですよね。

「デマスってどんな人?」

「うん、私の仲間だよ。私の同労者だよ。私の苦しみと重荷を一緒に分かち合ってくれる
素晴らしいクリスチャンだよ。」


パウロは、そういう評価をデマスにしているんですね。
ところが、その後に書いたコロサイ人への手紙には、同労者という表現が抜けているんです。
単なる「デマス」と書いてあるだけなんですね。そして、3回目が今の箇所です。

10節「デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、」

と書いてありますね。この3つの表現から、解かることは、デマスという人物の信仰の
変化です。最初は、イエス様の救いに与った喜びで、熱心に伝道していたんです。
だから、パウロの同労者と言われる程、彼は、熱心に働いていたんでしょうね。
ところが、いつしか、原因は解かりませんが、彼のその情熱が無くなっていったんです。
そして、情熱が無くなっただけではなくて、信仰も無くなってしまったんです。
彼は、今の世を愛して、出て行ってしまったと書いてありますね。

この、「今の世を愛し」と訳されている言葉はですね、「アガペー」という言葉なんです。

「アガペー」というのは、一般的に神様の愛を表す言葉ですね。
無条件、無制限、一方的な愛を現す時に、「アガペー」という言葉が使われます。
見返りを期待する愛は、「アガペー」じゃないんです。
条件付きの愛、自分の子供だからとか、自分にプラスになる人だから愛する、それは、
「アガペー」の愛じゃ無いんです。条件が付いているから。
全く、無条件、無制限、一方的な愛を現す時に、「アガペー」、だから神様の愛は、
アガペーなんでしょう?

ここで、デマスが、この世を愛したのは、アガペーの愛で愛したと書いてあります。
つかり、彼は、この世を無条件、無制限、一方的に愛して、そして、パウロから去って
いった。そして、キリストからも去っていった。ということですね。

私たちは、このデマスを批判するのは、簡単ですが、彼の事を教訓とするべきですね。
誰でも、デマスの道を行く可能性があるということです。

「昔は、熱心だったけど、今はどこに行ったの?」

そういう人が教会の中にも、たくさんいることは、事実だと思います。
是非、皆さんには、デマスとは、逆の道を歩んで頂きたいと思います。
パウロは、こう言っています。

コリント人への手紙第一15章58節
「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも
主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでない
ことを知っているのですから。」


2)アレキサンデル

そして、もう一人、パウロをガッカリさせたのは、アレキサンデルという人です。

14節「銅細工人のアレキサンデルが私をひどく苦しめました。そのしわざに応じて主が
   彼に報いられます。」
15節「あなたも彼を警戒しなさい。彼は私たちのことばに激しく逆らったからです。」


まあ、アレキサンデルという人物が、具体的に何をしたかは書いてありませんが、

「私をひどく苦しめた。」

と書いてあります。ある別の聖書ではですね、

「私に大いに悪事を働いた。」

という風に訳されているんですね。この言葉の原語を調べるとですね、

「人に不利になる情報を流す。」

という意味があるんですね。ということは、この言葉から想像できることは、アレキ
サンデルという人が、これからパウロの裁判が行われるんですが、その裁判に関わる権力者
の所に行ってですね、パウロにとって不利になる事を話した。
あること、無いこと。無いこと、無いこと。をですね、パウロの不利になるようなことを、
ですね、ねじ曲げて、悪意を持って、密告したのではないか?という風に考えられますね。
しかし、パウロは、この様な悪意に対して、個人的に恨みを持たず、主が彼を裁いて下さる
様にと、こう委ねています。

当時のローマの裁判の仕方というのは、本裁判が始まる前に、いわゆる予備裁判、予備審問
の様なものがあったんですね。

「本当に、この人が訴えられる罪を犯したのか?」

と関係者を呼んで聞く。証人者たちを集めて、もう一度、聴くんです。
そこに、新たな証人とかが出てきてね、

「彼は、そういう罪で訴えられていますけれど、あれは、誤解です。私は彼が無罪の証拠を
持っています。」


と言って、その証拠が、採用されれば、裁判が行われず、無罪になることがあった。
パウロに関しても、それがあったんですけれども、16節を見ると、

16節「私の最初の弁明の際には、私を支持する者はだれもなく、みな私を見捨てて
  しまいました。どうか、彼らがそのためにさばかれることのありませんように。」


誰も、パウロに有利な証言をしてくれる人が現れなかった。ということですね。
どうして、現れなかったのか?それは、もう死刑になると決まったパウロの弁明をして、
お前もあいつの仲間じゃないのかと疑われるのはイヤだという事でしょう。きっと、
そういう気持ちが働いたんでしょうね。

そういう孤独の中で、パウロを励ましたもの、勇気づけたものが3つあります。
1つは、

17節「しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。」

人がみんな、離れていく時に、主だけは、私と共にいて下さったんだ。
これが、先ず、パウロにとっての大きな励ましですね。

2つ目は、

17節「それは、私を通して、みことばがが余すところなく宣べ伝えられ、すべての
   国の人々がみことばを聞くようになるためでした。」


パウロにとっては、有罪であろうと、無罪であろうと、獄中にいようと、外にいようと
みことばを宣べ伝えることが出来さえすれば、満足だったんです。仮に裁判になっても、
自分は、裁判官や、あるいは、聴衆にイエス・キリストの福音を語ることが出来る。
それだったら、OK。どんな風に裁判が動いても、私が、語ることができる自由が与え
られさえすれば、OKなんだ。そこに喜びを見出したんですね。

そして、3つ目、パウロを勇気づけたものは、

18節「主は私を、すべての悪のわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださいます。」

パウロは、これから、ローマの法律によって、囚人として、死刑になるかもしれない。
でも、天の御国へは、神様に忠実な者として、勝利者として、凱旋することが出来るんだ。
それも、パウロにとっては、大きな励ましだったと思います。

パウロにとっては、いつも、この世の事よりも、神の国の事が大切だった。
人の評価ではなく、神様の評価を彼はいつも考えていたんです。
これが、パウロという人物の姿ですね。

3.パウロに力を与える神

最後に一人の方の証しを紹介します。

◆チョン・キョンジュさんの証し「神様がなさいました!」

この方は、チョン・キョンジュさんという韓国人の女性の方です。
現在は、アメリカに住んでいらっしゃいますけれども、チョン・キョンジュさんは、大学
で教えていますし、歌手としても、活躍なさっていますし、アナウンサーの仕事もなさって
います。2人の息子さんのお母さんで、牧師夫人でもあります。

まあ、こういう経歴を見るとですね、スーパー・ウーマンの様な気がしますけれども、
彼女は、何か素晴らしいことを成し遂げて、人々が褒めるとすぐに言う言葉が、

「すべては、神様がして下さいました。私じゃないですよ。神様が助けて下さったんです。
だから、拍手は、神様に。」


こういう非常に謙虚な人です。
彼女は、どういう生い立ちの方かと言うと、大学で声楽を専攻していたが、その在学中に
お父さんが病気で倒れてしまった。そして、その入院費を払わないといけない。お父さん
に代わって、家族を養わなければならない。だから、彼女は、学業と並行してですね、
ルバイトをいくつも掛け持ちして、夜遅くまで働いていた。アルバイトの生活と学校生活
を両立させていましたけれども、そんな生活が、いつまでも続くはずがありません。
彼女自身が病気で倒れてしまったんです。

そして、病気は、回復しましたけれども、もう大学に通う学費もない。そんな時に友達が

「あなた、ここに応募してみたら?」

と一枚のパンフレットを持ってきたそうです。それは、大韓航空の国際線の客室乗務員に
応募しないか。韓国を代表する飛行機会社ですね。でも、その応募要件を見たらですね、
4年制大学卒、身長160cm以上、英語が堪能な者って書いてあるんですね。どれも
自分に当てはまらない。でも、何故かその時、彼女は、応募はしてみようと思ったそう
です。

「神様は、きっと、私の様な貧しい家庭を顧みてくださるに違いない。」

彼女自身も一つの御言葉に励まされたそうです。それは、

ピリピ人への手紙2章13節
「神は、みこころのままに、あなた方のうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださる
のです。」


何か、私がやりたいと思うことを、神様は、みこころならば、必ず成就してくださると。
それで、一応、応募したんです。そうしたら、奇蹟的に第一次審査、第二次審査をパスして、
最終面接までパスして、奇跡的に受かったんです。で、彼女は、こう確信したんですね。

「神様は、私をここに遣わしてくださったのだ。普通なら、私のような者が受かるはずはない。
でも、奇跡的に私のような者が受かったということは、これは、神様のご計画なんだ。私を
ここに遣わし、私を伝道者として、ここの職場に遣わした。」


だから、彼女は、いつも時間があると、一緒に働く仲間にイエス様のことを話すんですね。
そうやって、仲間が、次から次へとイエス様を信じていくようになるんです。

ところが、そういう彼女のライフスタイルを快く思っていない男性の先輩の客室乗務員がいた。
キムさんといいます。キム先輩は、彼女のそういうやり方を非常に気に入らなくて、いつも
邪魔したり、皮肉を言ったり、意地悪をするわけです。だから、チョンさんも、

「あの先輩だけとは、一緒に乗りたくないなあ。」

と思ったそうです。ところが、ある時、一緒のフライトのなってしまったんです。
フライトの最初から、いろんな嫌味を言ったり、邪魔したりするんだそうですね。
ところが、この飛行機が、日本の上空を過ぎて、いよいよ韓国の金浦空港に近づきつつある時、
突然、機長からの機内アナウンスが流れたんだそうです。

「こちらは機長です。乗客の皆様は、全員、着席して安全ベルトを着用してください。
当機の右側の翼エンジンに原因不明の火災が発生して、炎が機内に燃え移る可能性があります。
当機は間もなく、海に緊急着陸の予定です。乗務員も緊急着陸の準備を終えて着席して下さい。」


もし、皆さんが、乗っている飛行機に、こんなアナウンスが流れたら、どうします?
もちろん、機内はパニックですね。だから客室乗務員の人は、泣き叫ぶ人々に

「大丈夫です。大丈夫です。みんな、シートベルトを確認してね。」

と言いながら、そして、自分達も席に座ろうとした時に、あのキム先輩が飛んできたんです。
そして、チョンさんにこう言ったそうです。

「ミス・チョン、僕のために祈って欲しい。」

と言ったんだそうです。もう、パニック状態になっているんですね。
それで、キョンジュさんは、短く祈ったそうです。

「神様、この事態に介入して下さい。あなたにお任せします。そして、キム先輩に
あなたの平安があります様に!」


祈り終わって、「アーメン!」と言った時に次の機内放送が流れたんですね。

「乗客の皆様、ご安心ください。非常事態は回避されました。理由はわかりませんが、突然
原因不明の火災が自然に消えました。当機は間もなく、金浦国際空港に着陸いたします。」


乗客たちは手を叩いて大歓声です。

「わー、助かったー!」

でも、機長を初め、乗客も乗務員も、何故、火災が消えたのか誰も分からないんです。
でも、その飛行機内で、二人だけ、その理由を知っていたんです。

キョンジュさんとキム先輩です。

神様が彼女の祈りに応えてくださった。それ以来、このキム先輩は非常に優しい人に変えられ
たそうです。いつも、協力的になったそうです。

私たちは、天地創造の偉大な神様に繋がっているのです。私たちの祈りを通して、神様は、
この世界に御自分の御業を現してくださるのです。なぜあなたの周りに奇蹟が起きないのか?
理由はただ一つです。あなたが祈らないからです。神様は私たちの祈りと共に働きたいのです。
ですから、どんな時にも、イエス様が私たちと共に立っていることを大胆に証しすべきです。

「私はイエス様を信じる者です。そして神様は、私たちの祈りに応えて下さる方です。」

私たちも、パウロの様に、どんな状況の中にあっても、自分が信じている方を誇り、証しして
進んで行きたいと思います。
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以上、要約でした。

2 Comments

ixoye7  

♪長谷川さん♪

いつもいつも本当に有難うございます。

感謝しています。

聖書は力がありますね!

2013/07/25 (Thu) 17:19 | REPLY |   

長谷川枕山堂  

聖書の言葉には、人生を変える力がありますね!

★ixoye7さん、こん**は。

>いつもいつも本当に有難うございます。
>感謝しています。
>聖書は力がありますね!

日本や世界がこれからどうなろうとも、迫害を受けることになっても、
お互い、クリスチャンとしての信仰だけは、持ち続けていきたいですね。
聖書の言葉には、人生を変える力がありますね!

2013/07/28 (Sun) 17:45 | EDIT | REPLY |   

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